No.11 熱い思い

久しぶりに鏡を見ましたら自分でもビックリするような本当にビックリの「だるまさん」がそこに立っておりました。

んーーー。

答えは簡単でした。食いすぎたのです。
とにかくこの年末年始、ひたすらソフトテニスの資料作りのためにパソコンと格闘し、ひと息ついてはお酒を飲みそしておせちを食べるという繰り返しでしたので、たまに鏡を見ていればいいものを、すでに手遅れの感がありました。困ったものです。

先週、東京出張時、久しぶりに会った友人が暫し絶句しておりました。瞬間的に私の体型のことだなとは気づきましたが、知らん振りしていると追い討ちをかけるように
「身体どったの~~~。おー髪また抜けたか~~~。」だと・・・。
デリカシーが無く、無神経だとしか云いようのないアホ友と生産性の無い話をしながらバカバカしくも楽しい東京の夜を過ごしてきました。

教え子に自己を律せよと何度も説いている以上、真剣に減量(ダイエットとも云う)をしなければなりません。明日から日本貿易振興機構(ジェトロ)の仕事でニュージーランドへ出張です。その時に3キロ、2月合宿(厚真)で2キロの予定で減量していきたいと思っています。どうか皆さんの熱き叱咤激励をお願いします。

くだらない話はこのくらいにして、私はこの時期になりますといつも懐かしく思い出すことあります。それは我が部の機関紙でありました「打つ」に寄稿していただいた励ましの文です。
16年ほど前に「梅根監督」のお母さん「梅根礎子さん」になんとかお願いして書いていただいた素晴らしい若者へのメッセージであります。
時は経ちましたが色褪せることなく、我々に語りかけてくれます。若い皆さんの心の琴線に触れることを祈りつつ、その一文をご紹介いたします。

 

「福は内、鬼は外、と豆まく音も降り積もった雪のせいでしょうか、あまり聞こえてはきません。
暦の上ではもう立春、東京は春一番のなま暖かい風が吹き荒れたというのに、北海道の春は誰かさん達のように、ためらいながら少しづつやって来るようですね。
私はテニスのプレーは出来ませんが、主人が帯広畜産大学で軟式庭球部の顧問をしている関係で、もう30年近くテニス部の学生達と付き合ってきました。そして大会の度にコートのフェンスの外で胸をドキドキさせながら試合に見入ったものです。
無心になって球を追う学生達の目、勉強している時の学生にはあれほどの目の輝きを見ることは出来ないでしょう。だから勝てばどんなにかうれしいだろうなぁ・・・・・、負ければどんなにか悔しいだろうなぁ・・・・・と、自分のことのように感動するのです。
試合が終わってコンパが始まると、お酒も手伝ってか、泣きながらテニスの議論を始める者、勝った喜びに一度に酔いがまわってダウンする者、頭をかかえてひたすら反省のみに落ち込む者、すべてが学生時代に味わうことの出来る美しい光景でした。

人間は感動という二文字によって、より人間らしく生きられるような気がします。
人との出会いの中で、あるいは心を打つ書物の中で、そして毎日の生活の中で、一つでも多くの感動を味わうことの出来る人間こそ幸せな人生を送れるのではないでしょうか。
何故ならどんな人間でも感動するときは純粋で、素直な自分自身であるからなのです。

今日も素晴らしい言葉に出会いました。
小林秀雄の「大切なのは目的地ではない、歩き方だ」と・・・・・・・・。
私も無意味にカレンダーをめくるような生活はしたくないと思っています。」

1988年2月

梅根 礎子

 

またしてもご本人の了承を得ておりません。心からお詫び申し上げます。

梅根監督のおじいさんは日本の教育学の権威だった方で東京の大学の学長をされ、親戚関係はほとんど教育畑という大変厳しい環境の中で育ちましたが、情熱的なお父さん(帯広畜産大学教授)と聡明なお母さんの愛情に育まれ、現在にいたりました。
私と出会ってからは少し下品になりましたが、幼少の頃はドイツで暮らし行く行くは教育畑へというコースでしたが、どういう訳か現在に至っております。

ホームページの年頭所感で札幌学院大学ソフトテニス部を支える二人(梅根監督・中村コーチ)がいみじくも述べておりますが、「熱き思い」こそが、いま求められているのではないでしょうか。
すべての根源がそこにあるのです。
その思いがなくなったとき、人間はただの肉の塊になってしまいます。選手諸君そして縁あって我が部の門を叩いたOBの皆さん、今一度ソフトテニスに燃えた「初心に戻り」、熱き心で自分を鍛えてください。
そしてひそかに応援していてくれる人たちに、その「熱き心・熱き思い」を少しづつ伝染していきましょう。
みなさん互いに前に進みましょう。前を真っ直ぐ向いて、胸を張り、さあー前進です。

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